□海に行こう ときめきビーチ編□
「わぁ・・!」
目の前に広がる青い海と白い砂浜に珠翠は感嘆の声を上げた。鼻を擽る潮の香りと優しく髪を撫でて行く潮風が心地良い。
早朝に貴陽を出発してから駆けに駆け、彼等は通常丸一日掛かる行程を四時間で目的地まで到着した。
綺麗なビーチは既に海水浴客で賑わっていて、あちこちからキャッキャと楽しげなはしゃぎ声が響いている。
そこにいるだけでテンションが上がって来るようだった。
「薔薇姫様もお越しになればよかったのに・・。」
「・・!」
その何気ない珠翠の一言に、隣に居た魁斗の頬がピクリと引き攣った。
当然ながら魁斗は彼女も海に誘ったのだ。しかし昨晩、彼女は大酒をカッ喰らいながら「海は磯臭いから嫌じゃ。」とキッパリと拒否り、敢え無く終了したのである。
また縹家の本拠地でもある藍州に、珠翠のみならず薔薇姫まで連れて行く事は矢張り危険が伴う為、魁斗もそれ以上は強く言えなかったのだ。
しかし魁斗は彼女も連れて来たかった。・・本当に、心から連れて来たかったのだ!!
海デートは恋人同士なら一度はしておきたい鉄板デートではないか・・!
「・・あんま傷に触れてやるな、珠翠。」
頬をピク付かせる魁斗を憐れに思った北斗は、苦笑しつつポンと珠翠の肩を叩いた。
「よっしゃ!んじゃあ気持ちを切り替えて楽しもうぜェ!!♪」
能天気お祭男・北斗はそう言って砂浜に抱えていたスイカを置くと、早速水着に着替える為に設置されている更衣室へと二人を引っ張って行った。善は急げだ。
「よっしゃ、泳ぐぞ~~!」
着替えが終わり、やる気満々で更衣室から出て来た北斗は、しかし隣の更衣室から珠翠と共に出て来た魁斗の格好に眉を潜めた。
「オイ・・何だ何だぁその格好はよー!」
魁斗は水着ではなく薄手の甚平を着ていた。珠翠も可愛いウサギ柄の甚平を魁斗と同じように着ている。
北斗は、黒いTの字からはみ出した男爵イモのような尻を震わせて叫んだ。
「お前は女子か!?男の水着っつったらコレだろ!?」
そう言って北斗は自分の腰の黒帯を指し示した。
・・彩雲国の男子の正しい水着。それは紛う事無くフンドシである。
泳ぐ時にヒラヒラして邪魔になる為、前垂れの無いタイプのものだ。
かつてフンドシのヒラヒラが海中の岩場に挟まって身動き出来なくなった男性が溺死するという事故が起こって以来、彩雲国全土でこのタイプに統一されている。
故にビーチには赤・白・黒など色とりどりのフンドシに中央を割られた男爵イモ達が溢れているのだった。
ちなみに女子はあまり泳いだりしない為、これといった水着は無い。浴衣や甚平など、思い思いの格好で波打ち際に足を遊ばせて楽しんでいる。
「お前も男らしく褌一丁になれ!」
「嫌だよ、そんなサブい格好。それに僕は日に焼けたら赤くなるタイプなんだ。誰が好き好んで自ら火傷なんてするか!」
夏らしい涼やかな甚平を隙無く身に纏い、仕事の時のように高い位置で長い髪を結った魁斗は白い目で北斗を見遣った。今日は一日この格好で過ごす。誰にも文句は言わせない。
だがその程度で引っ込む北斗ではない。
第一、自分だけそんな珠翠と兄妹みたいな格好をしてズルイではないか。
・・それに狂気を秘める月の光ばかりを浴びている魁斗に、太陽の光をめいいっぱい浴びさせてやりたかった。
北斗は声高らかに反論する。
「ああん!?そんなん日中も部屋に篭って本ばっか読んでるからだろーが!普段からチョットずつ日に焼いてれば赤くなんてならねぇんだよ!全く不健康極まりないぜ。」
「はぁ?!野生児と一緒にされたくないね!お前なんて真っ黒に日焼けしてフンドシの部分だけ白く焼け残ればイイんだ!」
「ああ、そうしてやらぁ!だけど俺達ゃ一蓮托生だろォ~魁斗!――お前も脱げ!そして日に焼けろ!!この機にその生っ白いモヤシ肌を小麦色の健康肌にチェンジしろ!!Yes We Can!!!」
そう言うと北斗はガバリと魁斗に襲い掛かった。
甚平の袷に手を掛け、乱暴に脱がそうと巧みに抵抗する魁斗の動きを押さえ込む。
「んな・・!何がYes We Can!だ!!お前意味分かってないだろ!・・く・・ッ・・やめろ!こんの変態北斗ォオ!!」
「良いではないかv良いではないか~vv」
イッヒッヒ、などと笑いながら北斗はノリノリで甚平をひん剝こうとする。
だが魁斗も負けていない。必死のガードだ。
しかし単なる力比べでは体格差も手伝って北斗の方が上。次第に魁斗の纏う甚平の袷の開きが大きくなって行く。
「は・・放せ!馬鹿力~・・!!」
「往生際が悪いぞ魁斗♪観念しろ☆」
「・・おい・・あれ何かヤバイんじゃないか?」
その時、海水浴客達が揉み合う二人の姿に気付いた。
遠目には、やたら体格の良い男が嫌がるポニテの女の子を脱がそうとしているように見える。
――これは一大事ではないか!!!
「おい!何やってんだ!!」
「やめろ!この変態野郎!!」
「その子を放せ!!!」
海水浴に来ていた地元・藍州の男達は、変態男の魔の手から女の子を助け出そうと我先に砂浜を蹴ってダッシュした。
・・流石は藍州産の男達、フェミニストである。あわよくば助けたポニテの子をナンパしようというその魂胆もミエミエだ。
「「は?」」
だが騒ぎに気付き、ポカンとした表情で同時にこちらを振り返った北斗と魁斗を間近に見た男達は己の過ちに気付く。
大きく開いた甚平の袷から覗く白い胸は容赦無く真っ平らだった。
「「「お・・男・・・(゜Д゜||)」」」
ポニテの女の子・・もといポニテの青少年は確かに細身ではあったが、近くで見れば身長も大のオトナである自分達と然程変わらなかった。間違っても女子の身長では有り得ない。それなのに隣にデカイ男が居た為に矢鱈滅多ら華奢に見えてしまっていたのである。
「「「失礼しました。」」」
男達は魁斗が男だと知ると、スゴスゴと去って行った。男ながらポニテの子もなかなかに可愛い。しかし自分達は女の子専門だった。
苦し紛れに彼等の側に居た女の子をナンパしようかとも思ったが、如何せん幼過ぎる。自分達はロリコンでもないのだ。
「・・・女の子に・・間違えられた・・?(゜Д゜||)」
「プッ!」
ナンパ男達が去った後、青褪めて茫然自失の魁斗の様子に北斗は思わず吹き出した。
そして堪え切れずに北斗は腹が捩れるほど爆笑し始めた。
・・いつもツンと澄ました魁斗のこんな顔を見たのは初めてである。こりゃーケッサクだ!!ああもぅ海サイコー!!!
「あーっはっは!あいつら、お前をナンパしようと思ってたんだぜ!?モッテモテだなぁ魁斗ちゃ~~んvvはしたないからちゃんと乱れた甚平の袷を直しとけよ☆くっくくく・・・!」
「・・お前のせいだろうがァ!!後で覚えてろよ?(゚Д゚#)」
ギロリング+と一睨みで相手を殺せそうな魔眼の眼差しを向けながら、魁斗は後ほど北斗を血祭りに上げる事を固く心に誓った。
『それにしても珠翠が良く分かってないみたいで本ッッ当ーに良かった・・!』
魁斗はポカンとした表情の珠翠をチラリと見遣るとヒソカにグッと拳を握り締めた。
・・家に帰ってから、海で女子に間違われてナンパされ掛けたなどと薔薇姫に報告されたら彼氏としての立場は地に墜ちる。
・・愛する彼女の前では男らしく格好良くありたいと思うのは魁斗のみならず、世の男子共通の思いだろう。
後はペラペラと面白おかしく薔君に話して聞かせそうな北斗の口を、後ほど封じれば良い。
「泳ごう、珠翠。」
「はいv」
魁斗が手を差し伸べると、珠翠は嬉しそうにその手を取った。・・賑やかに場所に来て、珠翠の表情がより人間味を増して来ているようだ。
「おい、待てよ~」
「黒フン男爵はこっち来んな。」
「ひっで~~!!」
・・・それから三人はじゃれ合いながら泳いだり、薔薇姫への土産として綺麗な貝殻を拾ったりしながら暫し夏の海を堪能したのだった。
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