□海に行こう さぁ行こう編□
「・・海水浴というものに、行ってみたいです。」
雑誌を見ながら呟くような声で珠翠がそう言ったのは昨日の晩の事。
・・出会った当初に比べれば随分マシになったものの、引き取ってから未だ人間らしい感情をなかなか表に表さない幼い彼女の初めてのおねだりを無碍にする冷たい兄貴分二人ではなかった。
そうして翌日の早朝、北斗と魁斗と珠翠は邵可邸の玄関先に集合していた。
殺しの仕事に行く訳ではないので、三人共小ざっぱりとした普段着を着ている。
「よし!スイカも買ったし水着も持ったし準備万端だぜ!珠翠、俺が海水浴の由緒正しい楽しみ方をしっかり教えてやるからな!!」
胸を張って鼻息も荒く、北斗はドンと足元に二つ、大きなスイカを置いて得意気に笑った。
海水浴のお約束と言えばスイカ割りだ。
煌く波、全身に潮風を受けながら颯爽と棒を打ち下ろすと、確かな手応えと共に弾ける赤い果肉と涙型の種。ビーチ中から湧き上がる拍手喝采。その瞬間、夏の海にヒーローが誕生する。そうなれば夏のビーチは俺のもの、だッ☆d(゜ο゜)
そうだ。分かっただろ?海水浴イコールスイカ割り。大事な事だからもう一度言ったぜ?
ここで俺が男らしくスイカを割って珠翠に見せれば、「北斗兄、カッコイイv」ってなること請け合いだ☆(o^-')b
スカした魁斗も、そんな俺の勇姿に惚れ直すかも知れないだろう!?こりゃテンション上げるなって方が無理だぜ!!
「かーっ!想像しただけで楽しみだぜ!!(><)vvv」
・・何をどうしてか、海で男が一番格好良く見えるのは、ビシッとスイカを割った瞬間だと信じて疑わない北斗である。
だが対照的に、意気込む北斗の傍らから冷ややかな声音が響いて来た。
「あのさあ北斗。脳内でスイカ萌えしてるところ悪いんだけど、ここは貴陽。海水浴場は藍州なんだよ?僕達の交通手段は何だ?ハシリだろう?今からそんな邪魔くさいスイカなんて用意してどうするんだよ。」
―――そう。今から彼らは自らの足で走って遥か藍州まで行こうと言うのだ。
確かに彼等に限っては軒や馬で行くよりその方が遥かに早い。
一番の近道である〈道なき道〉・・それもかなりの長距離を駆け抜けるのに、ボーリングの玉のように重く嵩張るスイカはかなり邪魔になること間違いナシだった。
「スイカは現地でも調達出来るだろ?」
藍州の海水浴場は人気のビーチ。その観光資源には当然藍家も力を入れている為、身一つで行っても海水浴を楽しむ為に必要なグッズはその場で全て揃えられるのだ。
だが北斗は両目をカッ開いて反論した。
――クワッ!!
「そんな事言って調達出来なかったらどーすんだ!?今はシーズン真っ只中なんだぞ!?海の家で売り切れてるかも知れないじゃないか!」
「売り切れてたら別にしなくたっていいだろ。てゆうか、クワッって音がするほど目を開くな。お前は北斗の拳か。」
「あべし!!(゜Д゜)」
「わ〜、邵可様お上手〜v」
「え!?珠翠、北斗の拳なんて知ってるの!?(;゚□゚)」
「はい、縹家の兇手の愛読書です。」
「・・・子供にはちょっとグロテスクな漫画なのに・・って今更か・・。(-_-;)璃桜コロス。」
「ふっふっふっ・・そうだ珠翠・・。ユーアーショック!!♪俺の胸には北斗七星を象った七つの傷が・・・」
「ある訳ないだろ。アホクト!ショックなのはお前の頭だ!!スイカのように潰れてしまえ☆」
「ちょっ・・!スイカに手を出すなバカイト!このスイカは今日のメインイベントなんだぜ!?(;゚□゚)」
「・・・・・・。」
・・話が逸れたが、ハッキリ言って魁斗には砂浜でスイカを割る意味がまるで分からなかった。
それに自分達には目隠しなぞ、あっても無くても同じなのだからゲームにもならないではないか。
えいっ!→バコッ!!→終了。
・・何が楽しいのかサッパリ分からない。
生温く砂まみれで不恰好に割れたスイカより、海の家で冷えた半月型のスイカを食べたいと思う。
「バッ・・バカヤロウ!!海水浴に行くのにスイカ割りしないでどうするんだ!!綺麗に切られたスイカを食べたいなんざ、どんだけお上品なんだよ!?(゚Д゚#)」
「バカはおまえだ――――!!(゚Д゚#)」
北斗の答えに魁斗は呆れ、スイカバトルの事など心からどうでも良くなった。こんな舌戦を繰り広げていたら馬鹿が感染る。
てゆうか、どんだけスイカ割りたいんだ・・!
「はぁ・・持って行きたいんなら持って行けばいいよもぅ・・。馬鹿は放っておいて、行こう珠翠。」
「はい、邵可様v」
「おい、待てよ!スイカ一個持・・」
「僕は持たないから+」
二つあるスイカのうち、一個を魁斗の担当にしようとした北斗はピシャリと速攻で跳ね除けられた。
「別に僕はスイカなんて割らなくたって構わないんだからね。そんな事しなくたってダイビングとか、北斗を海底に沈めたりとか、砂浜を掘ってマントル付近に北斗を埋めたりとか、十分珠翠に楽しんで貰う方法はいくらでもあるんだ。」
「・・・・・う・・(゜Д゜||)」
物騒な魁斗の提案に本気で命の危険を感じつつ、北斗は助けを求めるように珠翠を見た。
しかしスイカ割りが何なのか知らない彼女は、僅かに首を傾げるだけだった。
・・かくして北斗は汗だくになりながら両脇にデカいスイカを抱えて藍州の海水浴場まで全力疾走するハメになったのである。
「・・・聞いてくれよ・・。俺さ、今日の早朝に犬の散歩をしていたらさぁ、水しぶきを上げながら塀の上をガニマタ気味で走る男の影を見たんだ・・」
「どんな男だよ?イケメンか?」
「てゆうか水しぶきって何だよ。」
「一瞬の出来事だったから顔は見てないんだけど、えらくタッパのある男だった。水しぶきは・・汗?いや、何の汁かは俺にも分からん。」
「へぇ。塀の上を走ってるなんて、どっかの隠密とかじゃないの?・・ガニマタってのが気になるけど。」
「それが、その男の影は人の頭ほどの丸い物体を両脇に抱えてたんだ。・・多分重いものなんだと思う。だからヨロけて前傾姿勢のガニマタ気味だったんだな。・・男の居た塀の上には転々と赤い液体が―――・・・」
「ギャ―――――ッ!それってマサカ血の滴る生首・・(゜Д゜||)」
「いや。一瞬だけだが俺は見た。あれはスイカだった。」
「は?」
「何でスイカ・・」
「いやでも訳が分からない分、なまじスイカの方が生首よりこえーよ!(゜Д゜||)」
「怖ぇえ!なまら怖ぇえ!!変な汁飛ばしながらって所も後から来るな!!(;゚□゚)」
「で、俺がビックリして振り返った時、男の影はどこにもなかったんだ。いくら隠密ったって人間である以上、見晴らしのいい一本道で忽然と消え失せるなんて事は無いだろう。・・・あれはこの世のものじゃないな・・。」
「ひぃ・・!怪奇!つゆだくスイカ男!?」
「何だか口裂け女よりも蜘蛛女よりも怖いなぁオイ!!(゜Д゜||)」
・・後日、貴陽ではそんな都市伝説が、まことしやかに囁たのであった。
北斗は知らない間に伝説の男となった。
――信じるか信じないかは、あなた次第です。+
*無断転載厳禁
|